見方を変えればゆたかになる。金がないと知恵が出ると言い放つリアリストな母に育てられて。

お金が貯まる考え方。

家計から離れているゆみちんです。
どうも(´・ω・`)
 
おかげさまで、お金に関する思考活動がすっかり低下しとります。
それはそれで、たまにはいいかもしれません。
 
すでにゆみちんのなかで、ライフワークとなっている家計管理・お金に関する思考活動。
ゼロベースでいろんなものを見直してみるのもありですよね。
・・・って、ゼロベースっていう言葉を使ってみたかっただけですけども( ´ ▽ ` )ノ
 
さて。
以前、貧乏だったこども時代を振り返ったときに、コメントでいただいた言葉が妙に頭に残っていて。

ところでゆみちんさんはご自分が子供の頃おビンボーだったと書かれていますが、こういう感覚っていつ頃思うんですか?

(mirukoさん、いつもありがとうございます。少し抜粋させていただきました!)
 
考えさせられる良コメントでした。
先日、めずらしく三姉妹がそろったので、昔話に花が咲きました。
 


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姉妹で違う「うちの貧乏時代」

family

ゆみちんは、貧乏だったと思ってましたし、事実「お金はあまりない家庭」で育ったのは間違いないです。
不景気なのもあり、実家のお店の業績も悪くなり、借金もかさんでいました。
 
だけどね、見方を変えれば、受ける印象も違うということに、あらためて気づかされたんです。
頭のかたすみに投げかけられたコメントが、ふとよぎりました。
 
コトの発端は、下の妹の発言。
 
うち、お父さんが死んだあとも、わりとゆたかに暮らせてたよね。
 
って。
父が他界する前もそうだったという印象を持っていたようです。
 
妹は、「ある側」からものを見ていた。
ゆみちんは、「ない側」からものを見ていた。
 
どういうことかというと。
 
妹は、「ご飯は食べていたし、洋服も買えたし、専門学校にも行けたしね。」っていうんです。
専門学校は生命保険で行ったわけですが(笑)、それでも、生命保険で学校に行けたっていうプラスの側面があったわけで。
 
それに比べて、ゆみちんは真逆から物事を見て判断してました。
 
生命保険がなければ妹たちは学校に行けなかったし、父が亡くなったから生活が大変になった。
父他界まえも、借金取りの電話をうっかり受けたりして、うちは貧乏だから、CDデッキが買ってもらえないんだ!とか。
うちは貧乏だから、お母さんが洋服や袋を手作りしたりするんだ!とか(笑)
貧乏だから大学なんて行けない、働かなきゃ!とか。
 
でも、実際には、じぶんが「大学に行かない」という選択をとっただけであって、それは貧乏と直接関係なかったかも、なんていまは思うわけです。
行かない言い訳を貧乏という言い訳にしていただけ。(だと、母に指摘もされました。笑)
 
だから、貧乏だった感が異常なくらい残っているんだと思います。
じぶんのなかに(笑)
 
でも、本当は見方を変えれば、全然貧乏じゃなかった。
妹のひと言で気づかされたんです。
 


ゆたかさを比較しない。ひとと比べることの虚しさよ。

ゆみちんが貧乏だったのは、やはり自業自得であったこと。
実際に、新車をフルローンで買って借金背負ってたりで、そこそこの貧乏ではあったわけですが。
 
そういう物理的な面だけではなく、精神的な面からも、自業自得貧乏をえらんできたんだな、と、姉妹で話していて痛感しました。
 
じぶんは「貧乏だ」という側面からしかものを見ようとしていなかった。
時間が戻せるなら、もっとものの見方を変えなさいと、じぶんにいってやりたいくらいです(笑)
 
たしかに昔はいまより洋服も高かったです。
プチプラファッションなんてありませんでした。
 
だけど、それを踏まえても、母の手作りが多かったのは、母自身が洋裁がうまかったからです。
講師の資格をもっていたから。
手作りをするのが苦痛ではなかったんです。
 
でもね、こどものとき、母に「どうしてうちはお母さんのてづくりばかりなの?わたしもいろいろ買って欲しい!」と言ったことがあるんです。
 
母はめんどくさかったんでしょうね。
「お金がないから買えない。」としか言ってくれなかったんですよ。
 
そのときに、母が「お母さんは手作りが好きだから、作りたいんだよ。」って言ってくれたら、もっともっと母の手作りを愛おしく思っていたかもしれません。
じぶんの好みではない母が作ったピンク色の筆箱も、大切に使えていたかもしれません。
 
家族で外食をしたこともありません。
いまなら家族8人が外食をすれば、ものすごくお金が飛んでいくってわかってるので、じぶんもやらないだろうなと思います(笑)
でも、そのときも同じ理由を示されました。
 
でもほんと、外食もしない、洋服も手作りしてもらっていた時間が、ゆたかで贅沢な時間だったなとつくづく思うんですよ。
 
たしかにお金はありませんでした。
でも、飢えるほどの貧乏ではなかった。
母が作ったとはいえ、ものもいろいろ持ってました。
 
手作りや外食が「お金がないからやらないだけ。」と言われてきたけれど、ちゃんと伝えるなら、母は手作りをしたかった。
母が母の時間を使って、かわいい洋服やおいしいご飯を準備してきたのが事実だと思うんです。
 
親の愛情をいま身に染みて感じます。
 
結局、まとめると、ゆみちん自身、ひとと同じモノをもってないことで、じぶんはあの子より貧乏だ、という判断を下していたにすぎなかった。
 
貧乏だと感じていた大半の感覚は、ないものねだり、だったんですね。
あるものにちゃんと目を向けていれば、ここまでじぶんは貧乏だった感を持ち越さなくても済んだかもしれません。
 
本当に生活はいっぱいいっぱいで、ギリギリだったとしても、わたしの子ども時代は「ゆたか」でした。

余談

さて。
この話を母にしてみました。
ちょっと喜ぶかなと思って。
 
母は、相変わらず、母でした。
 
お金がないから、知恵が出る。
ないものは作ればいい。
お父さんが死んだあとなんとかなったのは、じーちゃんばーちゃんの年金もあったからです。

 
ですって(´・ω・`)
いやもう、ほんと、うちのおかんはリアリスト。
 
貧乏だったかもしれんけど、お母さんの努力はすごかったねって終わらそうと思ったのに。
姉妹で爆笑してしまいましたとさ(笑)

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Posted by ゆみちん