暮らし・ライフスタイル

父の代わりを生きてきて思う。じぶんを大切にしたいなら、とことんじぶんにワガママになれ!

溺れるビン

いつか書こうとおもっていたゆみちんです。
どうも(´・ω・`)
 
先日、実家に帰省しているときに、父の17回忌を執り行ってきました。
ちなみに、法事の初心者向けいろは記事を書いております。
 
父の17回忌でした。法事を主催する・法事に呼ばれたときのアレコレを簡潔にまとめました。
 
別になんの区切りとかいうわけでもないのですが、これまであまり書かなかった父について書きたいと思います。
 
父のことは、わたしのいまの原点になった出来事です。

立派だった父が、アルコール漬けの生活に転落。

溺れるビン

父がおかしくなったのは、もういつかまったく覚えてませんが、気づいたら毎日お酒を飲んでいました。
飲まない日はありません。
 
呑んだくれては、こどもたちに絡む始末。
陽気になって、ギターを引っ張りだしてきては、歌を歌って寝てしまいます。
 
父は、アルコール依存症だったけど、偉大なひとでした。

父の経歴

美容業界では理事長になり、指導者となり、当時、山口の美容業界で知らないひとはいないってくらいでした。
 
人気のカリスマ美容師で、父が勤務していた美容室の2階のワンフロアが、すべて父を指名したお客さんだったことは、父の師匠から何度も聞かされました。
 
ロンドンやパリに出向いては、技術を習得し。
東京で行われるイベントの手伝いをしたり、山口で美容のショーを開催したり。
 
かといって、仕事漬けだったわけでもなく。
ものすごく、子煩悩。
 
自営業だったのもあり、参観日には必ず夫婦で参加します。
しかもね、若い父親だったので、ハデなんですよ・・・
 
髪の毛を紫のメッシュにしたり、坊主の金髪にしたり。
かと思ってたら、今度は伸ばしはじめて。
 
とにかく、遠くから見てもすぐに父だってわかりましたし、クラスメイトからもなぜか人気でした。
 
そして、わたしのスポーツ少年団の活動にも熱心で。
妹弟たちがやっていた吹奏楽は指揮者に指導するくらい。
 
なんてったって、高校時代、吹奏楽の部長をやっていて。
トランペットの腕を買われて自衛隊の音楽隊からスカウトまで来たとか。
 
そんな、偉大ですごかった父が、なぜ・・・

父の転落

理由はいまだにわかりません。
勝手に、不景気のせいだって思ってます。
 
祖父母同居、こどもは4人。
8人の大家族。
 
バブルも崩壊し、小さなお店は、不景気の波にずぶずぶと飲まれてしまいました。
かつては、数千万円を稼いでいた父も、不景気には勝てず、毎月借金を重ねていく日々です。
 
父は、意識が高い人でした。
 
でも、意識が高いがゆえに、じぶん自身のことを考える余裕など、なかったのかもしれません。
 
というよりも・・・
経営スキルはなかったのかも(苦笑)
 
いろんなことを考えたり、予測したりしますが、いまとなっては、もうわかりません。
考えることも、やめたいと思っています。

アルコール依存症がもたらすもの。

脳

アルコール依存症がもたらすもの、それは、
 
人格の崩壊と、家庭の崩壊です。
 
じわじわと何年もかけて、お酒って体をむしばんでいくんですよね。
父がお酒を飲むようになった時期は覚えていませんが、年数を重ねるうちに、ひどくなっていったことは憶えています。
 
お酒がないと落ち着かない。
飲まないとイライラする。
お酒を隠しても、探して飲んでしまう。

 
そうなったら、依存症になってます。
覚悟を決めて、病院にいってください。
 
わたしは、父がアルコール依存症だったと、気付いてあげることができませんでした。
アルコール依存症という病気があることすら、知らなかったんです。

アルコール依存はじぶんでは改善できない。

依存症。
よく、甘えてるとか、逃げてるとか、我慢できないだけとか言いますよね。
 
でも、依存症は、れっきとした病気だ!って、わかりました。
ギャンブル依存症も同じです。
 
なんの因果か、ギャンブル依存症の人間も身近にいたので、依存症の怖さは身にしみております。
 
依存症は、自力では改善できません。
まずは、ドクターの力が必要。
家族の支えも必要ですよ。
 
でも、危険なときもあるので、入院してもらったほうがいいときもあります。
どこにって、依存症の専門病院です。
 
父は、そこに転送する予定でした。
でも、その前に、他界してしまいました。

経済的崩壊は早くから始まっていた。

経済的崩壊。
アルコール依存症でも、ギャンブル依存症でも言えることです。
 
ただ家計が回らなくなるだけならまだいいほう。
借金をしてまでお酒を飲む(飲み屋とかキャバクラとか)。
借金をしてまでギャンブルにいく。
 
そんなことをするから、経済的に破綻するのは早いです。
お金が吸い取られていってしまうんです。
早く返さなきゃいけないお金が、順番待ちをしてるのが見えるようです。
 
父がまともにお店に立たないから、お客さんの足も遠のきます。
店休日が増えます。
 
意識高い父は、この状況に耐えられず、またお酒に走ります。
そして、それを手助けしてしまう、身内と師匠。

共依存。

手助けって、お酒を飲むことを手伝っていたってこと?と思われたのなら、ちょっと違います。
でも、結果としてそうなってしまう、共依存状態に陥ってしまうってことです。
 
お酒を飲むからとお酒を隠す。

でも、お酒を飲む。

わたしがなんとかしてあげないと!と家族は強く思う。
怒ったり、ときには優しく諭したり。
じぶんがいないとこの人は生きていけないと根本的に思っている。

共依存。
 
支えてあげることが、じぶんの役割・生きていく道だと思う。
立ち直ってほしいと願いながら、依存症がひどくなってしまう状況に、知らず知らずに追い込んでしまう。
 
これが、共依存です。
ギャンブル依存症の家族も、陥りやすいです。

アダルトチルドレン

アダルトチルドレンって、こどもっぽいおとなとかじゃないですよ!
 
これは、「機能不全家庭で育ったことにより、成人してもなお内心的なトラウマを持つ」人のことを指し、つねにどこかに生きづらさを抱えて生きてしまう人のことです。
 
語源は、Adult Children of Alcoholics(アルコール依存症の親の元で育ち、成人した人々)からきていて、いまでは虐待されて育った人や、問題のある家庭で育った人たちのなかで、生きづらさという問題を抱えてしまった人のこと全般を指します。
 
4歳下の妹は、ちょうど思春期の多感な時期に父のアルコール依存と向かい合ってしまいました。
反抗期途中で、父の死に直面します。
 
影響が大きすぎて、心に問題を抱えてしまいました。
4歳下の妹はアダルトチルドレン。
しばらく引きこもって、ゲーム依存状態になっていた時期もありました。
 
9歳下の弟は、まだわかっていなかったと思います。
現在26歳になりますが、父の記憶はあまりないと言っていました。
 
アルコール依存症の影響は少なかったけど、父が他界し、母子家庭となったことで、いじめやいわれない中傷を受けるようになりました。
 
ブチきれてしまい、いじめっこと殴り合いのけんかや、学校のガラスを割るといった問題行動を起こしてました。
 
学校との話し合いに、ゆみちんも同席。
先生と議論を交わしたことも。
 
心身ともに強くなってほしいとの思いから、近所の極真空手に通わせました。
すると、体もむきむき大きくなっていき、190cm近い巨体に成長しました。
だれも、いじめる人はいなくなりました。

脳の萎縮。攻撃的な人格。

アルコール依存症も、ひどくなってくると脳にまで影響してきます。
 
ウェルニッケ・コルサコフ症候群
 
じぶんでは、お酒を飲まないと、正気を保っていられないと思うんです。
でも、家族からすれば、お酒を飲むと、正気じゃなくなるって思ってるんです。
 
手を出されたり、罵声を浴びせられたり。
 
きっとわたしが息子だったら、とうにボコボコにしていたに違いありません。
そうなると、家庭内暴力も始まりますね。
おそろしいです。
 
しばらくして、父は倒れます。
倒れてから、アルコールを入手できないので、少しずつ正気に戻っていくようでした。
 
でも、違いました。
 
すでに脳の萎縮が進んでおり、いつしか、家族を家族と認識しなくなりました。
暴力も振るうので、母以外面会はできません。
 
面会できるときは、父が拘束され、強制的に眠らされているときだけ。
 
1度だけ、面会に行きました。
うっすらと目を開けていましたが、寝ているようでした。
 
でも、本当は起きていたのかもしれない。
 
わたしが、帰るねって言ったら、涙を流しながら、こくんとうなずいたんです。
 
それが、最後でした。

泣けなかった長女。延命しないと決断した長女。

機械のボタンを切る

父は、バタンと自宅で倒れて、入院から数日で容体が急変し、他界してしまいました。
その日のことは、いまでも鮮明に覚えています。
 
取り乱す母を横に、わたしは泣けませんでした。
父の亡骸を見ながら、ああ、終わった、やっと、終わってくれた、としか思わなかったのです。
 
そして、そんななか、医師からこれ以上の延命は無理だと告げられます。
母は、判断できる状態ではありません。
だから、長女で成人を間近に控えたわたしが、判断を下します。
 
「もう、いいです。呼吸器、外してください。」
 
終わりました。
病院に、静寂だけが広がります。
 
死因解明のための解剖は、母が断りました。
父はドナー登録をしていたのですが、提供は母が断りました。
 
わたしは、どちらもやってほしかった。
結局、死因はよくわからないまま、です。
 
そして、わたしの、長女として父親代わりになる人生が、ここから始まりました。

人生を取り戻す。父の代わりはもうしないと決意した日。

長女として、父親代わりとして、精一杯のことをやってきました。
実際、そのときは、妹たちはまだ高校生・中学生、そして弟にいたっては小学生でした。
 
イベントごとには会社を休んで参加し、経済面でも支え、長女なりの父親役をやってきました。
 
妹弟たちがさみしくないように。
母がお金に困らないように。
 
でも、数年前から、この気持ちを手放したいと強く思うようになったんです。
もう、長女、やめます、父親役、やめますって(笑)
 
別に、だれに頼まれたわけでもなくやってきた父親役。
でも、その父親役をやって生きていく限り、
 
じぶんの人生を歩むことはできないんです。
 
何度もなんども、記憶のなかで父は他界してしまいます。
倒れてしまいます。
 
そのたびに、無念だったろうと思うのです。
でも、どこかでドライなじぶんがいて。
 
あなたも、十分大変だったでしょ?
 
って、こっそり言ってくるじぶんがいるんですよ。
本当になかの良い友人は、いつも言ってくれてたんですが、受け取ることができなかったんです。
 
だって、そう思ったら、もっと大変だった母がかわいそうじゃないですか。
他界した父はもっとつらかったはず。
 
そう思ったら、素直に受け取ることはできませんでした。

走り出す子ども

でも。
どこかにそういう「申し訳ない」とか「あの人も大変なんだから」とか「つらいのはじぶんだけじゃない」とか、そんな思いを持ちながら生きていると、いずれじぶんのなかに「暗いもの」が生まれてきてしまいます。
 
だから、どこかでじぶんの人生を取り戻さないと。
いつまでも、父の人生をなぞっていくわけにはいきません。
 
他の人のいうことなんて、気にしなくていい。
じぶんが辛いときは、辛いって言っていい。

 
だれしもが他人にはそう思っているのに、じぶんにはそう思えないのって、なんだか切ないですよね。
幸せになってほしいと願いながら、じぶんが幸せになることには、臆病になってる。
 
父が、もっと早く、じぶんのことをワガママ放題出してくれていたら・・・
何かが変わっていたかもしれません。
 
もういい加減、父におきた不幸と責任を背負って、苦労したな〜って思いながらいきていくの、やめようと思います^^
いつまでも、暗いものを持ち運んでいく必要なんてありません。
 
そろそろ上書き保存、したいと思います。
 
あの頃の不幸な父は、もういない。
きっと、あの世で愉快に、幸せに暮らしてる。
 
だって、浄土真宗は、此の世で何があったとしても、阿弥陀さまが、ぎゅっと抱きとめてくれるんですからね(笑)
(浄土真宗に、地獄はないんですよ。)
 
わたしはもう父親役をやらなくても、大丈夫。
わたしに戻っても、大丈夫。

 
こっそりと書きますが(ここに書いてる時点で全然こっそりじゃない。笑)、父親役をやりすぎていて、うちの子たちに少々厳しい面を出してしまってました。
 
ちゃんと生きていけるようになってほしい!
くじけずに、前を向いて生きていけるようなってほしい!

 
その思いが、ちょっと強く出過ぎていた面もあるかもしれません。
 
子どもの頃の成績表には、「やさしい・思いやりがある」といつも書かれていました。
あの頃の、思いやりあふれるわたしに、戻りたいです。

家計で苦しんでいる人へ。

このブログは家計ブログですが、わたしがこんな経験をしてきているので、ブログではメンタルに重点を置いた家計の話も散りばめて書いています。
 
直近では、こちらの相談の最後あたりですね。
 
家計の立て直しは、最優先事項を決める!数年後を見据えて、動いていこう。
 
お金の相談って、家族同士でもしづらいものです。
旦那さんが浪費家だから話せないとか、逆にやりくりがうまくいってないから責められてしまうから話せないとか。
 
たまに、買い物(ギャンブル)依存で借金背負ったんですけど、どうしましょう?みたいな相談もいただくことがあって。
 
そんなときは、相手のことや都合なんて考えず、パートナーに言ってください。
思ってること、全部ぶつけてくださいっていうようにしています。
 
結果はどうなるかわかりませんが、辛いことを辛いと言っていい環境にしていきたいじゃないですか^^
 
変わるきっかけは、じぶんにしか作れないんです。
 
父のことや、実家での生活を思い出して、強く感じます。
 
心が元気でいないと、家計もしっかり回していくことはできません。
家計が元気でいないと、心も元気になりません。
 
収入が低いときでも、あがったときでも、お金がないときも、お金が貯まったあとも、じぶんがいつも楽しめる状態でお金と関わっていきたい。
 
だから、いつも元気になれる、ストレスのかからない家計管理を心がけています。
 
* * *
 
わたしのなかの父は、偉大です。
いつもたくさん話を聞いてくれて、たくさん愛してもらいました。
 
きれいな思い出だけもって生きていきます。
思い出や記憶だって、断捨離していいんですから。
 
5,500文字を超える長文、ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
重い話の展開になってしまいましたが、いいね!、シェア等、遠慮なくお願いします(おい。笑)