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3.11。忘れない。伝える。できることをやっていく。

今日は3月11日。
東日本大震災から丸4年が経過しました。
 
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ゆみちんが初めて経験した、震度5弱という地震。
その後の津波の映像。
当時の自宅から数キロ離れたところでの、工場の爆発。
 
充満ずる、ガスのにおい。
夫の安否がわからない不安。(工場方面に勤務してるので。)
 
東京方面に続く幹線道路の交通規制がかかり、渋滞で進むことができない車の列。
歩いて帰ってくる人たち。
 
そして、道路が封鎖され、電車も走っていないうえに、まだ鎮火すらしていない工場の近くに、夫は出勤を余儀なくされる。
 
スーパーやガソリンスダンドには在庫もなく、買い物に制限がかかっていました。
スーパーなのに、入場制限が設けてあるんです。
 
衝撃的でした。
 
東北に知人や友人もいなかったので、ただただテレビから流される映像、ネットで流れてくる情報をみては、なにもできないじぶんに憤りを感じたものです。
 
これが、ゆみちんの東日本大震災の経験です。
 
 
正直なところ、地震が起きた時にどうしていいかさっぱりわからなかったのが現状でした。
台風の災害にはなれっこでも、地震がほとんど起きない地域出身なので、揺れてもどうしていいかさっぱりわからない。
 
3歳の長女を抱えて、どこに逃げればいいんだろう?
そもそも、逃げたほうがいいんだろうか?
なにを持っていけばいいんだろう?
しんごつぁんは大丈夫なんだろうか?
携帯電話がつながらないときに、どうやって連絡をとったらいいんだろう?
 
本当に、不安ばっかりでした。
 
その後、行動したことといえば、自宅に備蓄品を準備することだったり、避難先を家族で話し合ってみたり。
あらゆるソーシャルネットワークを活用することを考えてみたり。
 
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生協の災害備蓄セットはすごく助かります。
昨年からはじまったので、今年で2クール目。
今年の配達分は、2月頃から注文を受け付けていたのですが、今日、届きました。
 
どこまで備えたらいいのかわからない。
まだまだ備えは足りないとすら感じます。
 
 
じぶんにできることって、限られているなと痛感させられたのも事実です。
寄付をしても、本当にそれが被災された方たちの助けになっているのかどうかわからず、自問自答する日々です。
 
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今日は、Yahoo!で「3.11」と検索してください。
10円が、被災地に寄付されます。
詳細はこちら。
↓ ↓ ↓
3.11、検索は応援になる。
 
 
ただ、ひとつ、寄付以外でできることがあるとすれば。
 
子どもたちに伝えていく。
 
ということじゃないかと思っています。
 
長女は、東日本大震災の地震を経験しています。
津波の映像も、たくさん見ています。
 
ただ、津波の映像はかなり衝撃を受けてしまったらしく、いまだに流れてくるとふいっと逃げてしまいます。
怖いのだと、思います。
 
怖さを知っているというのは、きっと長女の経験として将来生かされると思ってます。
いまはただ怖いだけでも、知っていれば、必ず経験が生きてきます。
 
でも、次女は知りません。
まだ理解できる年齢ではないですが、震災のことに触れる折りには、少しずつ伝えていきたいと考えています。
 
 
震災のこと、戦争のこと、原爆のこと。
 
長女はね、知らないんですよね。
ゆみちんも、知らないことのほうが多いです。
 
昔、日本も戦争してたの?
どうして戦争になったの?
お母さんが子どものときも、戦争があったの?

 
テレビで映像が流れてくると、聞いてきます。
こどもはストレートに聞いてくるので、ときどきびっくりしますが。
 
知らない世代に、しっかりと伝えられるように、じぶん自身で勉強しておくことも必要なんだなと感じました。
いやー、そのとき生まれてないから知らないねー。で、済ませたくないですもんね。
 
戦争を知っているゆみちんの祖父母も他界し、直接身近な人から聞く機会が減りました。
ゆみちんが小さな頃に、直接祖父母から聞いた戦争の話を子どもたちにも伝えていきたい。
 
次女には、東日本大震災のこともしっかり伝えていきたい。
 
 
じぶんの思いを文字にするってむずかしい・・・。
うまくまとめられません。
どう伝えていいかも、ゆみちんにはわかりません。
へたくそですから。
 
ただただ、亡くなられた方のご冥福をお祈りしています。
そして、被災されたかたへ、心よりお見舞いを申し上げます。
 
 
親せきも身内も西日本ばかりなので、東日本から東北にかけて、ほとんど縁がありません。
それはもったいない。
 
いつか、東北に足を運んでみたいと思ってます。
いつかといわず、近々。