自分に自信がない人が実践したい”メタ認知”という方法。隠れがちな本音を大切に生きる

2017年2月9日暮らし・ライフスタイル

ようやくじぶんにもできそうな方法を見つけたゆみちんです。
どうも(´・ω・`)
 
何がってね、わたし、こう見えて、落ち込みやすいんですよ。
じぶんに自信もそんなにあるわけじゃない。
 
落ち込むだけじゃなくて、なんだかイライラしたり、嫉妬したり。
そういうこともあるんですよね。
 
まあ、人間だもの……なんて言ってはみても、そういったじぶんが好きじゃないのは確かなわけで。
 
結局、ネガティブなことを考えてるときって、うら返すと、じぶんに攻撃し続けてるんですよね。
 
たとえば、なんでこいつのブログがこんなに読まれてるの? とか、なんでこんなやつが出版できるの? とかそういうことを思ったとします。
 
これ、うら返してみましょう。
すると、じぶんの本音につながります。
 
さっくり先にまとめると、本音を隠して生きるから、じぶんに自信が持てず、ネガティブな生き方になっていくってこと。
 
では、それをどうするのか。
 
今日は、そんな話。
 


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他人に向ける嫉妬の気持ちをうら返す

先ほど挙げた例をうら返します。
 
例1)
なんでこいつのブログがこんなに読まれてるの?

なんでじぶんのブログは読まれないの?

(自分の心の声)おまえ、こいつに勝てないくらい無能だよな。

結果、自信喪失。
 
例2)
なんでこんなやつが出版できるの?

自分だって出版くらいできる!チャンスがないだけだ!

(自分の心の声)じゃ、チャンスをつかめないおまえは無能だな。

結果、自信喪失。
 
他人と比べて落ち込むということは、少なくともその人を認めていて(その気持ちも認めたくなくて苦しい状況)、それに勝てないじぶんはダメなやつだって思ってしまってるんですよね。
 
だれもじぶんのことを無能なんて言ってないのに、じぶんはじぶんのことを毎日無能扱いしてるーー。
 
さらには、この攻撃的な気持ちを、嫉妬している相手に実際にぶつけにいってるとしたら、それもう誰も笑えない悲劇のひとりコントです。
 
で、こんな嫉妬を感じるじぶんはヤなやつだな……人間として最低だな……って、さらに責めるんですよ。
もう、どう考えても、どう視点を変えてみても、やっぱりじぶんを責めてる(笑)
 
それで、次に考えるのは、嫉妬をやめたいなってこと。
 
じぶんに自信がもてれば、嫉妬しなくていいはず! と思って、じぶんに自信を持つ方法とか探したり。
でも、出てくる結果は……なんか聞いたことあるような、でも、絶対にできそうもないような。
 
にっちもさっちもいかん。
どっちにも転べない。
 
さて、どうしましょうかってときに、このネガティブな気持ちとうまく付き合いながら、自信を持つ方法として役立つのが、
 
メタ認知
 
と呼ばれている方法です。

本音を見つける

本音をみつける
 
嫉妬をうら返してみたら、じぶんへの攻撃が見つけられたーーでも、本当の本当のほんと〜〜〜〜の気持ちって、まだ出てきてない状態。
 
ほんとの気持ち……ここでは「本音」なんですが、この本音がなかなか見つけられない。
 
いや、嫉妬してるじぶんもほんとのじぶんだし、普段から思ってることは本音だと思うーーーと感じていても、それは本音ではない、と思ってます。
 
本音って、感情。
 
嫉妬にまみれてるじぶんがイヤ。
他人のことばかり気にしてるじぶんがイヤ。
ーーーその嫉妬や他人と比較しているときに感じる「イヤ」に隠されたモトを見つけること。
 
その見つけ方って、そのときどう「思ったか」ではなく、どう「感じたのか」を見つめることだろうなって思うんですよ。
 
例1)
なんでこいつのブログがこんなに読まれてるの?

なんでじぶんのブログは読まれないの?

(自分の心の声)おまえ、こいつに勝てないくらい無能だよな。
(本音)おもしろいブログが書けなくて悲しい

結果、自信喪失
 
例2)
なんでこんなやつが出版できるの?

自分だって出版くらいできる! チャンスがないだけだ!

(自分の心の声)じゃ、チャンスをつかめないおまえは無能だな。
(本音)出版すらできないじぶんが情けなくて悔しい

結果、自信喪失
 
そういう感情が出てくるんじゃないでしょうか。
 
つらい、とか、悲しい、とか、ふざけるな! とか、じぶんなんて大嫌い! とか、ネガティブな感情がわらわらと。
 
つまり、本当はどう「感じて」いるのか、というのを無視するから自信を失う。
 
行きすぎてしまった人は、嫉妬の対象へ、攻撃的な手段をとってしまう。
ネガコメとか中傷とか暴言とかね。
 
じぶんの本音を無視し続けて生きる。
 
だれだって、だれかに無視されたら悲しいって知ってるのに、どうしてじぶんのことを無視するんでしょうね。
 
もし、友人がこの状況に陥っていれば、ちょっと冷静になろうよとか、大丈夫だよって言いますよね。
 
でも、現実はそんなに都合よく励ましてもらえない。
ましてや、そんなじぶんのダークサイドを仲の良い友人に見せられるわけじゃない。
 
じゃあ、だれにそれをしてもらうの? ってことですが、だれにじゃなくて、それを「じぶんでやる」んですね。


メタ認知は、じぶんの気持ちをじぶんで認知する方法

メタ認知
 
そこでメタ認知の出番。
 

メタ認知(メタにんち)とは認知を認知すること。人間が自分自身を認識する場合において、自分の思考や行動そのものを対象として客観的に把握し認識すること。それをおこなう能力をメタ認知能力という。
Wikipediaより

 
簡単にいうと、じぶんの状態を客観視しましょうってこと。
 
先にも書いたように、友人であれば、ちょっとお前冷静になれよ! か、それは悲しい出来事だね! なんて言って励ましますよね。
 
それを、じぶんでじぶんに施す、ということです。
この方法は、
 
とても、心が落ち着きます。
穏やかになれます。

 
なにがあっても、たとえ嫉妬する相手が先に出世したとしても、心穏やかにいられるんですね。

どうしてメタ認知を用いると、そんなことができるのか。

じぶんでじぶんの本音を認知するメタ認知

たとえば、先ほどの例の続きを書くと、こうなります。
 
例1)
なんでこいつのブログがこんなに読まれてるの?

なんでじぶんのブログは読まれないの?

(自分の心の声)おまえ、こいつに勝てないくらい無能だよな。
(本音)おもしろいブログが書けなくて悲しい

(メタ認知)いまじぶんは悲しみであふれている
 
例2)
なんでこんなやつが出版できるの?

自分だって出版くらいできる!チャンスがないだけだ!

(自分の心の声)じゃ、チャンスをつかめないおまえは無能だな。
(本音)出版すらできないじぶんが情けなくて悔しい

(メタ認知)じぶんを情けなく感じてつらいと思っている。悔しさでいっぱいだ
 
というふうに、いまじぶんがどんな状態なのか、というのを客観的に見つめる方法がメタ認知なんです。

無視されるとつらい。
じぶんの「つらい」「悲しい」「悔しい」という気持ちを無視するからつらい。
メタ認知は、この「本音の感情」に寄り添うことーー。

嫉妬は普通の感情だから、大丈夫

嫉妬にまみれて、頭の中が相手への中傷や暴言であふれ始めたら、メタ認知を用いて、いまじぶんは嫉妬している、と冷静に感じてみる。
 
嫉妬して、手がふるえて、心臓が早くなっている。
ムカムカイライラして、攻撃的になっている。
それと同時に、ちょっと悲しい気持ちも出てきた。
じぶんは、いま、嫉妬のなかで、悲しみを抱いている。

 
たったこれだけのことなんですが、もう1人のじぶんが、じぶんを客観的に判断することによって、冷静さを取り戻せます。
 
冷静になったら、次の行動が見えてくるんですよね。
目の前の「嫉妬フィルター」がなくなって、前が見えてくるから。
 
フィルターがなくなり、まえを向ける。
それだけで、気持ちがぐんぐんラクになっていきます。

思い込みと孤独はメタ認知で取り除く

1人じゃないよ
 
ひとって、意外とじぶんのことが見えていません。
 
他人と話していて、あなたってこんなところがイイよね! なんて褒められてびっくりすることだってある。
もしくは、こんなタイプよねって言われて、じぶんでは正反対だと思っていた、とか。
 
じぶんのことって、思い込みにまみれています。
他人と比べて湧き上がってくる嫉妬だって、ほとんど思い込みからくる感情ですよね。
 
思い込んで嫉妬にまみれて、結果、自信を失っているときは、ものすごく孤独。
みんな、敵!
 
じぶんで作り出す孤独は、ほんとうにつらいし、何よりさみしいですよ。
 
でも、本当はそんな状態に、だれだってなりたくないはず。
 
メタ認知は、いつももう1人のじぶんがそばに寄り添っていてくれる状態。
孤独がなくなります。
 
感情に飲み込まれて自信を失うまえに、じぶんの本音を引き出し、その気持ちに寄り添う。
 
それだけで、これまでとは違った行動が取れるようになり、前向きに生きていけます。
 
人と比べて劣等感をもったり、じぶんより結果を出せてない人を見て優越感に浸ったりせず、つねにじぶんに目を向ける。
まえを向いた分だけ、まえに進める。

 
じぶんの本音に寄り添い、つねに心を見つめる作業をしている人は、強くなれる。
そうして強くなった人にいくら嫉妬をむけても、とうてい敵わない。
 
じぶんというパートナーを大切にするために、心穏やかに暮らすために、ほんとうの気持ちを隠さない本音で生きる術を身につけていきたいものですね。


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